画家が描き終えた瞬間、作品はどのような色彩であったのか。画家が求めた光と色彩を現在に蘇らせる。複製でも再現でもない、新しい創造――それを「リ・クリエイト(re-create)=再創造」と呼ぶ。
「リ・クリエイト」は、2012年1月20日から7月22日までフェルメール・センター銀座において開催され、大好評を博した『フェルメール 光の王国展』に際して創出・導入された新たな概念と、それに伴い開発された画期的テクノロジーである。
フェルメール・センター銀座の館長をつとめた生物学者の福岡伸一氏は、リ・クリエイトについてこう説く。
「リ・クリエイトとは複製でもなく、模倣でもない。あるいは洗浄や修復でもない。リ・クリエイトは、文字通り、再創造である。リ・クリエイトは作家の世界観・生命観を最新のデジタル画像技術によって翻訳した新たな創作物である」
現存するすべての絵画は経年変化のため、細部を失っている。それは決して元に戻らない。その細部にこそ作家の思想は宿る。作家がほんとうに描き出したかったことがそこに表現されている。
リ・クリエイトにあたっては、絵画の色ヒストグラムを解析し、経年変化を補正した。褪色を回復させ、すべての色補正を行うとともにコントラスト調整を施し、明度・彩度も補正した。キャンバス(建築用ハードボード、布など)の経年変化によるひび割れや亀裂、汚れ、絵の具(エナメル、アクリル)の劣化や変化を取り除き、大幅に修整を施した。
落下点とわずかに残された軌跡から、今は見えなくなってしまったその発射地点と仰角を推定すること、リ・クリエイトは、そのような意味での翻訳である。現物はもはや本物には戻れないが、翻訳は現物を超えて本物に接近しうるという逆説を実験的に指向したのがリ・クリエイトである。
このリ・クリエイトの思想とテクノロジーをさらに進化(深化)させたのが、2013年1月1日から5月31日まで開催された『あっぱれ北斎! 光の王国展』(フェルメール・センター銀座)である。同展の図録の中で、福岡伸一館長はこのように主張している。
「私たちは、2012年に開催された『フェルメール 光の王国展』において、フェルメールの再解釈と美術の楽しみ方について新しい提案を試みました。それは、色ヒストグラム解析、デジタル修復技術、紫外線プリントなど現代の画像・印刷テクノロジーを使って、フェルメールの全作品を一挙に再生し、一堂に展示することによってフェルメールが生きた時間を再創造する、というものでした。私たちはこれをフェルメールのリ・クリエイトと名づけました。
リ・クリエイトによって、フェルメールが描いた当時のみずみずしい青、赤、黄色を再現し、彼が創作した順番に、彼の全人生を見渡してみると初めて、17世紀、フェルメールが目指したであろうことがわかってきました。彼は、芸術家というよりも、むしろ科学者として、写真がまだなかった時代に、あたかも写真家のように、世界に窓を開けようとしたのです。自分の意識や自我の投影――すなわち私は世界をこう解釈するのだ、という自己主張――としての絵画ではなく、世界をありのままに、あらゆる細部を公平な光の粒として、ただ切り取ることだけが目指されました。そこでは、画家はできるだけその存在を無とし、あたかも透明なレンズとして、世界を写しとることが希求されたのです。それは当時の先端科学的な挑戦でもあったのです。
(中略)
さて、このほど、私たちはリ・クリエイトの視点を、自らの国、日本の美術史に向けてみることにしました。はたしてフェルメールの衣鉢を継ぐ者はここに存在するのだろうかと。候補者はたちどころに見つかりました。いや候補者という言い方は公平ではありません。フェルメールの正統な後継者としてひとり屹立している、といった方がいいでしょう。葛飾北斎こそがその人でした」
現在は「アフリカの時代」といわれる。人類創成の地アフリカが今、困難な時代に改めて希望の光を浴びている。フェルメールから北斎へと受け継がれた光は、東アフリカが生んだ鮮烈な光と色彩の芸術=ティンガティンガ派絵画へと継承された。不世出の天才画家サイモン・ジョージ・ムパタとその仲間たちの展覧会が、リ・クリエイトによって開示されるゆえんである。